東京地方裁判所 昭和60年(特わ)1560号・昭60年(特わ)1786号・昭60年(特わ)2540号 判決
右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官櫻井浩出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
一、被告人を判示第一及び判示第二の各罪について懲役一年二月に、判示第三の罪について懲役六月に処する。
二、未決勾留日数中九〇日を判示第一及び判示第二の各罪の刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、全国地域改善対策連合会理事、あるいは、全日本同和連盟中央本部東京分室行動隊長等と称し、税務署その他の行政機関、金融機関等に対する交渉を請け負うことを業としていたものであるが、
第一 全国地域改善対策連合会本部長の肩書を有していた分離前の相被告人中川博己及び東京都品川区北品川二丁目四番二一号に居住し呉服販売業を営む分離前の相被告人大橋誠と共謀の上、架空の債務及び保証債務を計上して課税価格を減少させる方法により、実母成子の財産を他の相続人と共同相続し、取得していた右大橋の相続税を免れようと企て、昭和五八年六月二日、同都港区高輪三丁目一三番二二号所在の所轄品川税務署において、同税務署長に対し、被相続人大橋成子の死亡により同女の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は二億二三一八万九〇〇〇円で、このうち大橋誠の正規の課税価格は一億八五二四万六〇〇〇円であった(別紙(一)相続財産の内訳及び別紙(二)脱税額計算書参照)のにかかわらず、右成子には右中川に対する七〇〇〇万円の債務と合資会社常世田商会に対する九五〇〇万円の保証債務があり、右成子の相続人である大橋誠において負担すべきこととなったので、取得財産の価額からこれらを控除すると相続人全員分の課税価格は六一八八万四〇〇〇円で大橋誠の課税価格は二一九九万三〇〇〇円となり、これに対する同人の相続税額は一四四万七二〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(昭和六〇年押第九一一号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により大橋誠の正規の相続税額五〇八〇万円と右申告税額との差額四九三五万二八〇〇円(別紙(二)脱税額計算書参照)を免れ
第二 東京都目黒区平町二丁目二番二〇五号(昭和五九年五月以前は東京都目黒区一丁目一番一六号目黒台マンション五〇六号)に居住し、東京スポーツ興産株式会社ほか一社から役員報酬を得ている扇本幹子と共謀の上、同人の所得税を免れようと企て、昭和五八年中に土地、建物を売却したことによる同年分の長期譲渡所得に関し、架空の連帯保証債務を計上するとともに、その履行のために右土地、建物を譲渡し、かつ、その履行に伴う求償権の行使ができなくなったかのごとく仮装するなどの方法により右扇本の所得を秘匿した上、昭和五八年分の同人の実際総所得金額が二三四四万一五六九円で、分離課税による長期譲渡所得金額が二億五七五二万一〇〇四円であった(別紙(三)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和五九年二月二八日、同都目黒区中目黒五丁目二七番一六号所在の所轄目黒税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が一一四三万円でこれに対する所得税額は二七一万三七〇〇円であり、分離課税による長期譲渡所得金額は所得税法六四条二項によって零となるから、これに対する所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六〇年押第九一一号の8)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同五八年分の正規の所得税額九五二九万六〇〇〇円と右申告税額との差額九二五八万二三〇〇円(別紙(四)脱税額計算書参照)を免れ
第三 前記中川及び東京都町田市小野路町一二二〇番地に居住して同市内においてガソリンスタンドを営む分離前の相被告人小島清美と共謀の上、右小島の所得税を免れようと企て、昭和五九年二月九日に山林を売却したことによる同年分の長期譲渡所得に関し、架空の保証債務を計上するとともに、前年においてその履行のために右山林の売却を行ったごとく仮装するなどの方法により右小島の所得を秘匿した上、昭和五九年分の同人の実際総所得金額が二四六万七六四六円で、分離課税による長期譲渡所得金額が一億六〇〇四万四一二五円であった(別紙(五)修正損益計算書参照)のにかかわらず、昭和六〇年三月一四日、同都町田市中町三丁目三番六号所在の所轄町田税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が二六七万六〇四四円で、これに対する所得税額は源泉所得税額を控除すると三万一五〇〇円であり、分離課税による長期譲渡所得金額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六〇年押第九一一号の5)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同五九年分の正規の所得税額四五〇七万四〇〇〇円と右申告税額との差額四五〇四万二五〇〇円(別紙(六)脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全部の事実につき
一、被告人の当公判廷における供述
判示第一及び第三の各事実につき
一、分離前の相被告人中川博己の当公判廷における供述
判示第一の事実につき
一、被告人の検察官に対する昭和六〇年五月一五日付、同月二〇日付、同月二二日付、同月二四日付及び同月二五日付各供述調書
一、分離前の相被告人大橋誠の当公判廷における供述
一、大橋誠(昭和六〇年五月一六日付、同月一八日付、同月二二日付)、中川博己(昭和六〇年五月一五日付、同月一六日付、同月一八日付、同月二〇日付、同月二二日付、同月二六日付)、梅田勝治(昭和六〇年五月一二日付、同月二四日付)、永森厚、井上薫、大橋修、小林玲子及び大橋優子の検察官に対する各供述調書
一、収税官吏作成の次の各調査書
1 保証債務調査書
2 手形借入金調査書
3 土地、家屋調査書
4 借地権調査書
5 預貯金調査書
6 土地、家屋(補正)調査書
一、押収してある相続税の申告書一袋(昭和六〇年押第九一一号の1)、相続税の申告書添付資料(債務承継承諾書写等)一袋(同押号の2)及び相続税の申告書添付資料(戸籍謄本等)一袋(同押号の3)
判示第二の事実につき
一、被告人の検察官に対する昭和六〇年九月七日付供述調書
一、扇本幹子(三通)、矢吹征一、市原敏治、高山知久(二通)、大山四郎こと崔昌奎及び梅田勝治(昭和六〇年九月一〇日付)の検察官に対する各供述調書
一、収税官吏作成の次の各調査書(いずれも扇本幹子に係るもの)
1 利子収入調査書
2 貸金利息収入調査書
3 保証手数料収入調査書
4 支払利息調査書
5 交通費調査書
6 謝礼調査書
7 分離長期譲渡収入金額調査書
8 取得費調査書
9 譲渡費用調査書
10 保証債務控除調査書
11 源泉徴収税額調査書
12 特別控除額調査書
13 生命保険料控除調査書
14 取得費調査書(補正)
一、押収してある扇本幹子の五八年分の所得税の確定申告書等一袋(昭和六〇年押第九一一号の8)
判示第三の事実につき
一、被告人の検察官に対する昭和六〇年六月四日付、同月五日及び六日両日付、同月七日付各供述調書
一、分離前の相被告人小島清美の当公判廷における供述
一、小島清美(昭和六〇年六月四日付、同月五日付、同月六日付、同月七日付二通、同月九日付)、中川博己(昭和六〇年六月四日付、同月五日付)、東山充好、前田精治、小島政泰及び山泉ひろみの検察官に対する各供述調書
一、収税官吏作成の次の各調査書(いずれも小島清美に係るもの)
1 収入金額調査書(分離長期譲渡所得)
2 取得費(分離長期譲渡所得)調査書
3 譲渡費用(分離長期譲渡所得)調査書
4 分離短期譲渡所得損失額(分離長期譲渡所得)調査書
5 特別控除額調査書(分離長期譲渡所得)
6 減価償却費調査書
7 器具備品費調査書
一、押収してある小島清美の五八年分の所得税の確定申告書(分離課税用)一袋(昭和六〇年押第九一一号の4)、同人の五九年分の所得税の確定申告書(一般用)一袋(同押号の5)、小島清美譲渡所得関係書類一袋(同押号の6)及び小島清美の五九年分の所得税の確定申告書等一袋(同押号の7)
(確定裁判)
被告人は、昭和五九年八月六日東京地方裁判所で詐欺罪により懲役二年、四年間執行猶予に処せられ、右裁判は同年一〇月八日確定したものであって、この事実はその判決書謄本及び検察事務官作成の被告人の前科調書によってこれを認める。
(法令の適用)
一 罰条
判示第一の所為につき、刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項
判示第二及び判示第三の各所為につき、いずれも刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項
二 刑種の選択
判示各罪につき、いずれも懲役刑を選択
三 併合罪の処理
刑法四五条前段、後段(判示第一及び判示第二の各罪と前記確定裁判のあった罪とは併合罪である。)、五〇条、四七条本文、一〇条(判示第一及び判示第二の各罪について犯情の重い判示第二の罪の刑に加重する。)
四 未決勾留日数の算入
刑法二一条(判示第一及び判示第二の各罪の刑に算入する。)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、判示第三の事実につき、被告人の所得秘匿行為等脱税への関与は、小島清美の昭和五八年分の所得税確定申告以前に終了しており、その後被告人は右小島の同五九年分の所得税確定申告について関与していないのであるから、判示第三の罪も前記確定裁判のあった罪の余罪であり、これと併合罪関係に立つと主張する。
しかし、判示第三の事案は、関係証拠によると、被告人が中川博己、小島清美と共謀の上、昭和五九年二月九日に右小島が東京都町田市小野路町字湯船二三六六番地一山林八八〇八平方メートルほかの土地を売却したことによる同年分の長期譲渡所得に関し、所得税を免れようと企て、被告人らにおいて、右小島が債務者衛藤宏志の森本利一に対する二億円の債務につき連帯保証し、保証債務の履行のために同五八年中に前記土地の売却を行ったごとく仮装した上、右小島の同五八年分の所得税確定申告の際、町田税務署において、係官に対し、虚偽の金銭消費貸借証書、和解書、領収証等を示しながら、前記土地を同五八年中に譲渡したが、その代金はすべて右保証債務の履行に充てられたため、長期譲渡所得は零となると説明し、この事実を前提として同五九年三月一六日に右小島の同五八年分の所得に関し前記土地の譲渡に伴う所得は零となるという趣旨の申告書を提出し、その結果として、同五九年分の所得税確定申告の際には、前記土地の譲渡に伴う税務処理は前年の申告において完了しているものとして、右小島において、熊沢税理士を介して同五九年分の所得税を判示第三のとおり過少に申告したものであることが明らかである。したがって、被告人が本件の税務申告に具体的に関与したのは、昭和五九年三月一六日に行った右小島の同五八年分の所得税確定申告までで、その後の行為に具体的に関与していないことは所論のとおりであるが、前記土地の譲渡は同五九年中に行われたものであるから、同五九年三月一六日に行った前記確定申告は、その余の仮装工作と相まって右小島の同五九年分の所得税ほ脱の事前の秘匿工作に過ぎず、同五九年分の所得税のほ脱罪は、共謀に基づき右小島が前記裁判の確定後である同六〇年三月一四日に虚偽過少申告をなし、そのまま法定納期限を徒過させたことにより既遂となったものであるところ、刑法四五条後段の「裁判確定前ニ犯シタル罪」とは、犯罪の終了が裁判確定前であるときをいうのであるから、共謀共同正犯である被告人の判示第三の罪は前記確定裁判のあった罪とは併合罪の関係に立たないことは明らかであり、所論は理由がない。
(量刑の事情)
被告人は、昭和五七年頃から同和団体を名乗る全国地域改善対策連合会(全改連)理事の肩書を有し、同五八年頃からは全日本同和連盟中央本部東京分室行動隊長と称するなどして、税務署その他の行政機関、金融機関等に対する交渉を請負って手数料を得ることを業としていたものであり、その一環として、右全改連本部長の肩書を有する中川博己と共謀の上、本件各犯行(判示第二の犯行を除く)に及んだものである。被告人及び右中川は、右のような方法による手数料獲得のため知人に対し、税金で困っている人がいたら税金を少なく済ませることができるので紹介してほしいと広く呼びかけていたものであり、本件各犯行においてそれぞれ共犯者となっている大橋誠、扇本幹子及び小島清美もこのようなルートを通じて紹介を受けたものであるが、被告人は、税金を少なく済ませたいと考えていた右大橋らに対し、税金の申告手続を任せてくれれば、税務署に顔を利かせて税金を少なく済ませることができるなどと言葉巧みに持ち掛け、(特に判示第一の犯行においては、当初はこれが合法的に可能であるかのように誘い、その委任を受けた後、具体的な脱税手段を示し、)同人らと共謀して脱税を行っていたもので、ほ脱税額は、判示第一の事実が四九三五万二八〇〇円、判示第二の事実が九二五八万二三〇〇円、判示第三の事実が四五〇四万二五〇〇円といずれも多額である上、ほ脱率も判示第一及び判示第二の各事実はいずれも九七・一五パーセント、判示第三の事実は九九・九三パーセントと高率である。しかも、その手口は、保証債務を履行するための資産譲渡における所得計算の特例に関する所得税法六四条二項の規定や相続により取得した財産の課税価格算定における債務控除に関する相続税法一三条の規定を悪用し、架空の債務や保証債務(連帯保証債務)を計上して所得等を大幅に圧縮するというものであり、被告人は、それを裏付けるものとして虚偽の金銭借用証書等を作出する一方、税務署に対しては、同和団体の威力を背景に交渉するなどしており、大胆かつ巧妙なもので、税務署側の対応にも被告人らを増長させた問題点が全くないわけではないとはいえ、態様は悪質である。本件各犯行によって直接的に利益を得るのは、右大橋ら納税義務者であることは言うまでもなく、同人らが真面目に納税するつもりであったならば本件各犯行が生じ得ないことも当然であるが、被告人は、前記のとおり、税金を少なく済ませたいと考える納税義務者の心理に乗じ、多額の報酬を目的として、脱税を勧め、かつ実行していたもので、租税秩序に対する積極的妨害工作という点においては、納税義務者たる脱税犯人と比べてもより一層悪質である。加えて、被告人は、本件各犯行の報酬として、判示第一の事案では、右大橋が支払った二一四五万円余のうちから二〇〇万円を取得し(その余のうち一五三八万円は仲介者が取得した。)、判示第三の事案では、右小島が支払った二八〇〇万円のうちから約四〇〇万円を取得し(その余のうち約二〇〇〇万円は仲介者が取得した。)、右中川と組むことなく被告人単独で請負った判示第二の事案では、報酬として約四〇〇〇万円を取得していることをも考慮するとその犯情は軽視できない。被告人は、昭和三九年に大学を卒業した後化粧品の製造、販売会社などの会社員を経て一時は独立して化粧品販売業を営んだこともあったが、同五三年頃からは金融や不動産のブローカーをしていたもので、この関係で知り合った右中川とともに同五七年頃から同和団体関係者を名乗り、前記のような仕事を請負ってその手数料で生計を立て、主に被告人が虚偽の金銭借用証書等の作出などの所得等の秘匿工作を担当し、右中川が税務署に対する交渉を担当するなど役割を分担して判示第一及び判示第三の各犯行に及ぶ一方、右中川と組むことなく被告人単独で請負った判示第二の犯行に及んでいたが、これ以外にも同五八年には自動車損害賠償責任保険の保険金詐欺事件を起こして前記確定裁判を受けているものである。これら本件の罪質、態様、結果、被告人の経歴、前科等を総合すると被告人の刑事責任は重大であるといわなければならない。しかし、判示第一及び判示第三の各事案において被告人自身の取得した報酬額は、納税義務者が支払った全体の報酬額に比し必ずしも多いとは言えないこと、被告人は事実を認め、判示第二の事案において取得した報酬のうち一〇四〇万円を右扇本に返還するなど反省の態度を表していること、前記確定裁判以外には昭和四一年に暴行罪により罰金刑に処せられた前科があるのみで、判示第一及び判示第二の各罪は前記確定裁判のあった罪と併合罪であり、判示第三の罪は併合罪の関係に立たないが、判示第三の事実における被告人の所得秘匿工作は前記確定裁判以前に行われていることなど被告人にとって斟酌すべき諸事情もあるのでこれらを総合勘案の上主文のとおり量刑する。
(求刑 判示第一及び判示第二の各罪につき懲役一年一〇月、判示第三の罪につき懲役一〇月)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 石山容示 裁判官 鈴木浩美)
別紙(一)
相続財産の内訳
昭和57年12月2日
<省略>
<省略>
別紙(二)
脱税額計算書
<省略>
別紙(三)
修正損益計算書
扇本幹子
自 昭和58年1月1日
至 昭和58年12月31日
<省略>
<省略>
別紙(四)
脱税額計算書
<省略>
<省略>
別表(五)
修正損益計算書
小島清美
自 昭和59年1月1日
至 昭和59年12月31日
<省略>
<省略>
別紙(六)
脱税額計算書
<省略>
<省略>